花明り
=(故)東山 魁夷さんの『花明り』という作品(昭和43年)に対して、本人のコメント=
夜、案内された公園の月と後に京都円山公園で見たしだれ桜とが重なって、
『花明り』という作品がうまれた。
花が我で、月も我。
我が花となって月を見る。
我が月となって花を見る。
「私」がそこにいなかったら、その風景はない。
私だけの風景である。
私のこころに描かれた風景である。
生きているということである。
私も無常。
移り変わっていく。
「私」は固定したものではない。
奥が深いですなぁ~
「禅」にも通じるものがあると思って、興味を持ちました(*^。^*)
名詞の後に「道」とつくもの、座禅もその仲間ですが、我慢の世界に見えるけど
そういう見方もありきで、「覚悟」の世界でもあると思うようになりました。
魁夷さんは、ある種の「覚悟」がかたまった人だったのかもな~とワビサビ感じてました(^・^)
↑こういうこと考えるの好き。
